2005年10月 1日 (土)
インテリジェントデザイン

以前も書いたのですがプラトン的世界っていう数学的イデア世界があるらしいのです。どういった世界かと言ったら世の中を真の世界へ導くパラレルな世界です。だからもしそこへアクセスできるならばすべての正解が用意されています。世の中は絶えずそこへアクセスしていて(もしくは向こうからやってきて)、情報を受け取っている感じです。そのあたりのことをきちんと調べたわけでないのですが、直感的にそういう風に世界を理解してみたいと思ったんです。もしそうなら何ごとも合点のいくものになると思ったので。これについて以前クオリアの話についてのときに同じようなことを書いたのですが、人の認識についても、刺激に対応して認識が生まれたわけでなくて、認識反応(刺激に対応するもの)それ自体のすべてがあらかじめ用意されていたものである、という考え方ができます。
ちかごろ米国で反進化論的なID(インテリジェント・デザイン)論が広まっていて宗教的にも政治的にも話題になっているようなのですが、プラトン的世界の実在を実証することになりそうなID論をすごく支持したい気持ちでいっぱいです。
【ネタ元記事】
「知的設計」で人間誕生 米で反進化論台頭 「神」と表現せず学校で教育
10月 1, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年9月18日 (日)
大言壮語に満ちた世界

いわゆる「夢」ってやつもそういった類なんだと思うんですが、まぁ「嘘」とかです。たとえばひとりの男子が2人の女子を二股掛けてた際に両者に「おまえだけ」とか言って、本来なら1人の人間だけのところを倍の数の人間、幸せにできたりするんです。あとは友だちに暴力団の人がいるから困ったことがあっても大丈夫とか、有名人や政治家がいるとか、ジャーナリストをやっているからとか。で、そんなこんなで世の中の半分くらいは夢幻とか嘘だったりしたとしたら、ファンタジーな世界だったとしたら、改めてそういう世界の重要さを痛感するわけです。宗教や貨幣経済みたいなのに似た価値創造です。けれどそれらを破壊していこうっていう考え方もありますけど選択肢としては「破壊せず無価値を私認する」っていう道もあって、それはそれでもいいのかなぁと。「最悪一緒に死んで来世にまた会いましょう」とも思えるし、無価値を私認・公認せずとも希望のある間の平穏と、あるいは希望を抱かせている間の平穏っていうのは格別に甘い時間と甘い関係があるんだって思うんです。衆愚っていうのもそういう意味合いなら、ちょっと奥ゆかしい響きです。
9月 18, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年9月11日 (日)
はぶろが進化しました。

「はてなブックマークを表示するためだけのブログ■はぶろ」にブクマ先のスクリーンショットを載せる感じにしてみました。われながらけっこうキレイな感じに仕上がったんじゃないかと満足しております。ついでにタグのレイアウトがおかしかったので表示速度が遅かったんですが、それも改善しちゃいました。
【日記で触れたリンク先】
はてなブックマークを表示するためだけのブログ■はぶろ
9月 11, 2005 お知らせ | Permalink
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2005年9月 7日 (水)
モテ非モテ

「finalventの日記 - モテ非モテでふと思ったのだが…」を読んでちょっとした感想。ドンビキパワーってカリスマ性みたいなもんでしょうか、ちょっとした狂気というか。ちょっと前まで話題だったモテ非モテ議論て長文が多かったのでいまいち目を通してないんですけど、なんとなく話の方向が超現実な方向に向かってる感じがしてたってのを覚えてるのですが、モテ非モテって各個人に起因してるものじゃないって思うんです。所属している集団がモテ集団か非モテ集団かって所が大きいというか、ここで言うモテ集団っていうのはモテモテなイケメンが集まる集団というのでなくてモテシステムが確立している集団のことです。モテシステムっていうのはラブワゴン的世界なんですけど何人かの男がつるんでるような男の子グループをひとつの基軸にして、そこに定期的に複数の女の子が出入りするような「場所」のことです。その場にいるだけで度合いにちょっとした差こそあれモテ共有みたいな現象が起こるって思うんです。finalvent氏の言うドンビキパワーを持つ人間というのもモテのひとつの形だと思うんですが、むしろ非モテ集団のようなカップリングが飽和していない集団で帝国を築くタイプのモテ型のように感じます。
【日記で触れた記事のリンク】
finalventの日記 - モテ非モテでふと思ったのだが…
9月 7, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年9月 4日 (日)
イチャイチャ☆パラダイス

はたと思ったんです。
はたけカカシの元ネタって
R田中一郎なのかって。
9月 4, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年9月 3日 (土)
占術師が動かしている世界

おうおうにして大切な局面をむかえたとき、判断を誤りたくないとき、そんなときに人が向かう場所というのは他でもない占術師の場所です。局面が重要であればあるほど、その傾向は強くなると思うんです。一部の特殊な職種の者たちが世の中の重要な案件だけを決裁しているような状況です。これってちょっと怖い気がするんですよ。でもそれを逆手に取ることができたらって考えてみました。そっち方面の業界を牛耳るなんてとんでもないことでしょうけれど、ちょっとした工作くらいであればなんとかなりそうじゃないですか。そんなことまでしてどうしたいとかは集団自殺を食い止めたりです。
9月 3, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年8月31日 (水)
ドラマちっくを求めるならば

最近めずらしくドラマなんて見ていて(電車男なんですけど)ドラマを見るのはかれこれIWGP以来なので5年ぶりの出来事です。かなり丁寧に作り込まれてるなぁという印象。AA職人役の小栗旬くんが素敵なんです。ところでふだんの生活においてドラマちっくなことなんていうのは滅多に起こらないって思うのですが、お膳立てのあるなしに関わらずやはり日常生活とドラマ生活では決定的な何かが違っているんだと思うんです。それがいったいなんなのだろうというのを考えてみると、それって登場人物同士が気持ちを通わせ合っていることかなぁ、と。衝突するにしたって好意を抱くにしたってそれが嫉妬であったとしても、そういう気持ちを隠すことなくあからさまな態度やはっきりとした明確な言葉でそれらをきちんと伝え合っているんです。ここらへんの違いなんだって思います。賢くやろうとしてしまいがちなんですが、足りないのはきっと魂奥底からのほとばしりなのかもしれません。それから挫折のあとはとことん人間としてダメになる道を選ぶのが良いと思います。魂再燃のきっかけというのが必ずおとずれます。ちょっとくらいの挫折で小賢しく学んでいては最後に待っている贅沢なカタルシスを味わうことができませんので! 大切なのは決してあきらめないこと、最後まですべてを貫くこと。いつまでそれを続けたらよいのか。ありきたりな人間的な欲求がすべて削げ落ちちゃうまで。
8月 31, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年8月29日 (月)
李徴がトラになったわけ

ファンタジーな小説が好きですが。中島敦の「山月記」も人間がトラになるので好きなんです。高校のときテストによく出てきた「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」のあれです。 李徴のような人間が持つ離人傾向っていうのはきっと周りにも自分にも嘘をついているからなんだと思うんです。そういったきっかけというのは彼の持つ真面目さからなんだとは思うのですが、何にしてもひとつの嘘を抱えたままにしておくと、そういうものが長い年月を掛けてじっくりと熟成されて呪いみたいになるのかもしれません。そういう悪魔じみたものができあがっていつのまにか魂も奪われてしまうんです。こういうことを書くとそれがすごく禍々しいことみたいなんですが、そもそもトラになりたかった人間にとってなら――と考えると一概に悪いことでもないのかな、とも思います。はたから見れば悲しい話にしかならないというあたりがネックなんでしょうが。ここ連日報道されていた福田和子受刑者も典型的な李徴症候群です。
8月 29, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年8月20日 (土)
言葉を勝手に定義してみる
今の感覚を言葉にしたいのにそれに該当するような言葉が見つからなくてその場に立ち尽くしたり、そのせいで思考が停止してしまうってことがよくあります。だからそういうときは迷わず果敢に言葉を定義していってしまおうと思ったんです。単語それ自体は任意のアルファベットに既成の言葉を付け足して作成します。読み方は読みやすさを考えて、とそんな感じです。実際にいくつか作ってみました。
Y感(Y感覚、ヤーカン):
ままならない状態。餅屋に餅がない状態。餅屋さえも見つからない状態。身の回りの悪環境に起因する場合もあれば、自分のアンテナの低さ、感度の悪さなどから起因する状態。対義語としてはF感(フィーバーカン)。贅沢な状態。どの餅にしようかと迷うくらい餅があふれかえっている。お膳立てがすさまじい様子。自分の欲求が先読みされているかのような薄気味悪さがある。また自らの感度が高すぎて何に対しても喜びを得てしまえる超人状態。
V感(V感覚、ヴァーカン):
バーチャル異空間的な感覚。既視感。たとえば病院の待合室や喫茶店で流れるクラシックピアノやジャズピアノによって時間の感覚や身体感覚がおかしくなる状態。去勢された状態。日常的に本来自身の身体に流れる欲求や本能が一時的に麻痺したりリセットされたりする状態。それに伴ういろいろのこと。
8月 20, 2005 つぶやき | Permalink
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2005年8月19日 (金)
PC壊れ中
そんな関係でここの更新しばらくストップ。再開は来月予定。てか、新たに2つほどサイト作る予定であります。
8月 19, 2005 お知らせ | Permalink
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