ニート(無業者)について

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2004.12.21

ニート(無業者)について

ニート(無業者)については
すでにネットのいたるところで
いろいろ談義されてるわけだけど
いちばん有名なとこだと
R30::マーケティング社会時評の記事
ニートになりたい僕たち」でしょうなぁ
でもこの記事、ニートを専業主夫化しようとしてるけど
ニートは主夫にすらなりがたい存在だと思うので
そうゆう意味ではこの記事ぜんぜんニートの話にならない
だからいまいちピンと来なかった

一方、東京kittyアンテナの記事
「NEETがある意味での勝利者・覚醒者」
と書いているのはすごくピンと来る気がする

切込隊長ブログでも
ニートについて語り始めている
無業者(ニート)に関して
ニート(無業者)に関する考察メモ

ちょっと書いてみたいと思うよ


ニートが社会的に問題とされてるのは
無業者が経済や社会保障制度の阻害要因になりうること、
それと、小人閑居して不善を為す
みたいなカルト性質を持っていることだと思う
で、社会が騒ぎ立て始めている

思うにニート現象は
強大なローマを揺るがせたキリスト教徒たちを
彷彿とさせるし
彼らの思想は
清冽なる湖水のごとくその静寂の境地を目指す
仏教徒たちを彷彿させるものがある

そうゆう意味で
問題とすることは大いに正しいのだけど
東京kitty氏が言うように、本質的には
「社会の側から何ら手を打つ術がない」
とゆう気がする

おそらく今後予想される展開としては
社会はニート思想とそれ相応の対決がなされ
最終的には共存関係のような結末に
なるんじゃないかと思われる
(当たり前か)

おいらが
ニート現象に煮え切らないと感じているのは
ニート側がひじょうに弱気で不幸的なところだと思う
ニートはすごく構造的な原因で生まれたものなので
彼ら自身に対しての責任はほとんどないと言っていい
社会から叩かれるのは致し方ないけど
もっと開き直ったらいいと思う
で、社会をもっと挑発したらいいんじゃないかな
理由はいくらでもあげられるけど
ニートはニートし続けるのが正しい
とおいらは思う

そうゆう意味で今は
絶大な影響力を持つ
カリスマニートの出現が待たれている時期だと思う

カリスマニートの出現によって
ニートがハッピーにニートし続けられる
そんな社会的価値感が生まれたらいいんじゃないの

ただニートの道は案外に険しい
ニートが死ぬまで働かないで済むかといえば
多くのニートが必ずしもそうでない
ある限界のところで働かざるを得ない状況
みたいなのが降りかかってくるのが予想できる
そうゆう状況がいつしか来るだろうことは
ニート自身もどこかで予感しているし
逆にそのときが来るまでは
ニートは勝ち続ければいいし
優越感にひたる権利もある

そんな優越的な生活を経たあとであれば
ニート引退後の負け組としての労働も
ことさら不幸的な事態にはならない気もする

いかにして働かず生きるか
とゆうのは人類の永遠のロマン的な命題だと思う

その命題に
身もフタもない形で挑戦しているのがニートだ
ひとたび入ったニート街道は現代社会のウラ社会で
「何もしない輩」の一言で片付けるには
ニートになってみなきゃわからない
深遠すぎる世界が広がっている気がする

一方社会の側からも
ニート的価値観に屈しない価値観創造を
行うのがいいんじゃないかな
今ネットで熱心に行われているニート談義も
そのひとつだと思うけど


2004 12 21 [社会] | 固定リンク

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