「広告の奴隷」は夢の中へ‥ | ![]() |
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週間!木村剛の記事
「広告の奴隷」から「広告の主人」へを読む。
広告の場所がWEBに及んできたことで
広告の受け手側の環境が
だんだん良くなっていくだろうという話。
はたしてどうだろうか。
「広告の主人」とゆう状態は
はたしてあり得るのかな‥。
近頃のサイバー環境とゆうのはたしかに
広告業界と人間がよろしくやる感じだけれど、
ひと昔のサイバー環境は
IBM互換機にインテルのCPU、
マイクロソフトのMS-DOS、
あるいはAppleのMACOS、
オープンソースのUNIX。機械。機械。機械。
計算マシンと言語処理オペレートプログラムがすべて。
この流れだけをみてると、
だんだんと人間臭さが出てきた気がする。
プンプン、する。
つまりはけれど計算機なわけで、
式の入力と演算結果の出力なわけで
そんな電子的な反応に人は虜になって
ひきこもるし、働かなくて‥。
人と接しない。性欲減退‥。
ちょっと泣いてもいいですか?
部屋の中でひとり栄養を吸い取られている。
機械が人間臭くなって人間から栄養を吸い取る
という図式‥。
昨年くらいに流行っていた映画
みたいだよ‥
自分の部屋に、カメラをセットして
録画してあとで客観的に見たらいいと思う。
確実に吸い取られているから‥。
ただの機械に。
よろしくやっているときほど、
その不安はつのるばかり‥。
とてもキレイなバーチャル世界と
そして非常に貧しいリアルな世界‥。
バーチャルとリアルの境界を解き放ちたいと
考えているのがサイバー環境に
身を置くブロガーには多いのではないだろうか。
そうでないとただのネットヲタクだから‥
労働と自由の境界を取り払いたいって‥。
映画ではその構造に気付いた人たちは
システムそのものを
破壊しようと考えるのに
現実でそれはなぜか起こらない。
発想すら存在しない。(あたりまえか‥)
構造に気付いた人間は
プログラムの一員になってしまう。
プログラムの一員になって
バーチャルをよりリアルなものに近づけて
人間を惹きつけ続けて
食いものにする‥。
でもそんな図式は昔からあったのかもしれない。
情報強者が弱者から栄養を吸い取っていく図式‥。
経営者と労働者
ネットワークビジネスの幹部と会員
兜町と個人投資家
ただ
バーチャルとリアルの図式は
よりメタな図式だから、
より高度な経済性が期待できる。
具合はイイのかもしれない。
そもそも
いよいよ人と人との繋がりというものが
胡散臭いものになってきたように思う。
リアルの風景、人が集まる風景ほど
胡散臭いものになってきたように‥。
皆が懐疑主義で、
目の前にある出来事、感情を素直に
受け取ったり、真に受けたりしないで、
むしろ目の前にあるものほど‥。
おれおれ! おれだよおれ!
おれおれ詐欺なんか、
現実にありえんのか?
なんて思っている人たちばかり
そんな胡散臭さと懐疑主義が
はなから前提となっているネット世界。
そうゆう意味でこんな
現代社会においては案外に
天国へのぼる階段なのかもしれない
2004 04 24 [おすすめサイト, 日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク
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